大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)173号 判決

上告人

野島弘光

右訴訟代理人

中平健吉

小幡良三

被上告人

深沢千惠子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中平健吉の上告理由及び上告代理人小幡良三の上告理由第四点について

判旨民法七一九条所定の共同不法行為者が負担する損害賠償債務は、いわゆる不真正連帯債務であつて連帯債務ではないから、右損害賠償債務については連帯債務に関する同法四三四条の規定は適用されないものと解するのが相当であり(最高裁昭和四三年(オ)第四三一号同四八年二月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一号九九頁、最高裁昭和四六年(オ)第一一〇九号同四八年一月三〇日第三小法廷判決・裁判集民事一〇八号一一九頁参照)、右の共同不法行為が行為者の共謀にかかる場合であつても、これと結論を異にすべき理由はない。したがつて、上告人が小倉禎次の所論共同不法行為を理由にしていた損害賠償請求訴訟の提起によつては被上告人の上告人に対する損害賠償債務の消滅時効は中断しないものとした原審の判断は結局正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

上告代理人小幡良三の上告理由第一点及び第二点について

上告人の原審における主張によれば、上告人は、昭和三一年二月ころ被上告人から株式の買付けを委任されたので、三興証券株式会社の外務員小倉禎次に指示し、本件株式を買い付けて昭和三一年四月中旬までにその株券を被上告人に引き渡した、というのである。右主張事実によれば、上告人は、委任事務を処理するにあたつて取得した株券を被上告人に引き渡したことになるから(民法六四六条参照)、右引渡と同時に本件株式は被上告人に帰属したものと解するのが相当であり、たとえ右引渡に際して被上告人が上告人に約定していた代金の引換え支払をしなかつたからといつて、本件株式の帰属が別異になるものではないというべきである。したがつて、これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第三点について

判旨委任契約の解除の効力が遡及しない旨を定めた民法六五二条の規定は、特定の株式の買付けのような継続性をもたない事務の処理を目的とする委任契約を委任者の債務不履行を理由にして解除する場合にも適用されるものと解するのが相当であり、これと同旨の原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第五点について

記録によれば、被上告人の消滅時効の主張が信義誠実の原則に反するとか権利の濫用となると解すべき根拠はないものとした原審の判断は正当であると認められる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷

(谷口正孝 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 中村治朗)

上告代理人中平健吉の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

一、原判決は、上告人の主位的請求2(三菱海運株式会社、北海道炭砿汽船株式会社の新株引受払込金についての共同不法行為)及び予備的請求のうち共同不法行為に基く請求がいずれも理由がないことは、本件において共同不法行為者たる小倉ないし三興証券と被上告人の各債務が不真正連帯債務でないとの上告人主張は独自の見解であつて採用しない旨付加するほか、第一審判決一五枚目裏五行目から一六枚目表三行目まで(理由一4)の説示のとおりであるからこれを引用すると判示した。原判決八枚目裏九行目から九枚目表五行目まで(原判決理由二)。

しかして、第一審判決一五枚目裏五行目から一六枚目表三行目までには、つぎのとおりの説示がある。

また、仮りに、被上告人に不法行為による損害賠償責任があると仮定しても、上告人が少なくとも昭和四〇年中にそのことを知つたことは、当事者間に争いがないから、三年を経過した昭和四三年中に右損害賠償債務は時効消滅したものというべきである。共同不法行為者の負う債務は、いわゆる不真正連帯債務であるから、その一人に対する請求の効力は、他の共同不法行為者に及ばないと解するのを相当とする。また、被上告人の消滅時効の主張が信義誠実の原則に反するとか、権利の乱用となると解すべき根拠はない。従つて、いずれにしても、上告人の共同不法行為に基づく請求はその理由がない。と。

従つて、原判決も、共同不法行為者の負う債務を、いわゆる不真正連帯債務と解するものであることは明らかである。

従来、民法七一九条一項前段所定の共同不法行為に基く債務が同法四三二条ないし四四五条の適用のある連帯債務に当るものであるか否かについては重大な問題が存するところである。

原判決が判示するとおり、共同不法行為に基く債務はいわゆる不真正連帯債務であるとの見解が有力であることは、当上告代理人も承知するところであるが、その理由づけについては未だ何人も成功していないのが現状であるといつてよい。

蓋しこの問題は、民法上の難問の一つであつて、判例法上説得力ある根拠に基く解決が要請されている喫緊の論点たるを失わないと解する。現代社会における技術の高度化、組織の複雑化に伴い、例えば多数の企業が汚染源となる公害発生の場合の如く、自動車、航空機の衝突によつて第三者が損害を蒙る場合の如く、製造物によつて消費者が損害を蒙る場合の如く、加害者が複数にのぼる事件が数多く見られるという最近の法現象を見るとき、これらの紛争を解決すべき基本規範である民法の共同不法行為理論の中に、右の如き理論的に解明のつくされていない解釈が採用され、無反省に継承されているのは、由々しい問題といわなければならない。

近時学界においても共同不法行為論が再検討され始めている。例えば能見善久・共同不法行為責任の基礎的考察(一)〜(七)(法学協会雑誌第九四巻ないし第九六巻)。

本件において最高裁判所がこの問題につき説得力ある理由に基く明快な判断を示されることを願つてやまない。

二、共同不法行為責任の性質

1 民法七一九条一項前段は「数人ガ共同ノ不法行為ニ因リテ他人ニ損害ヲ加ヘタルトキハ各自連帯ニテ其賠償ノ責ニ任ズ」と規定し、共同不法行為について連帯の責任を認めている。

そもそも連帯債務とはいかなる性質のものをいうのか。連帯債務の性質論は、於保教授によれば「民法学上の最難問の一つであるといわれている」。(債権総論(新版)法律学全集二二三頁)しかしその特色を約言すれば、多数債務者の間に主観的に共通の目的によつて連結しており、かつ客観的に行為の共同関係がある場合に、共同の行為者に連帯の責任、すなわち各債務者が各自独立に全部の給付をなすべき債務を認めることによつて、債権者(共同不法行為における被害者)の救済を厚くし、同時に緊密な人的関係にある連帯債務者間相互の求償関係を容易に片づけることを目的としているものということができよう。その結果として、債務者の一人または数人の一個の全部給付があれば、全債務者の債務が消滅し、また各債務者の一人について生じた事由は、一定の範囲で他の債務者にも影響を及ぼすことがあり得るものである。

ところで、わが判例(大判昭和一二年六月三〇日判決民集一六巻一九号一二八五頁)及び通説は、共同不法行為責任につき、同一の外界的事実に基き不法行為を理由として数人が責任を負う場合には各自損害全額を賠償すべく、その相互間には不真正連帯関係が存し、連帯債務に関する規定の適用はないとする。

すなわち、判例、通説は、債務者間の共同関係を単に行為における客観的共同関係に緩和し、共同不法行為責任の適用範囲を拡大し、もつて被害者(債権者)の保護を厚くせんとし、また他方これを不真正連帯債務と解することによつて、わが国の連帯債務の規定のうち、債務者の一人について生じた事由が他の者について絶対的効力(その多くは債権の効力を弱めるもの)を生ずることのないようにしているのである。

2 しかしながら、かかる見解は一見妥当のもののように見えるが、仔細に検討するときは疑問なきをえないところである。

(一) 第一の点は、共同不法行為の要件のうち債務者間の共同関係を単に行為における客観的共同関係が存在すれば足りるとする点に関する。

そもそも共同不法行為責任が連帯債務とされるのは、各債務者の債務が主観的にも共同の目的をもつて相関連し、その結果として、一人について生じた事由が、一定の範囲において、他の者にも影響を及ぼし、また、内部的にも負担部分が定まり、互に共同して出損を分担すべきものとされる(新訂債権総論(民法講義Ⅳ)我妻栄四〇三頁)のであるから、このような主観的共同関係を欠く債務者らの間に共同不法行為責任を認めることは困難である。

共同不法行為責任は、各債務者の債務が主観的にも共同の目的をもつて相関連し、かつ客観的にも行為の共同関係のある狭義の共同不法行為に限定されるべきである。

なお、主観的共同関係は欠くけれども、客観的な行為における共同関係のあるもの、たとえば、不法行為者と使用者、不法行為者と保険者、動物の所有者と占有者・保管者の責任は、共同不法行為の規定を俟つまでもなく、不真正連帯債務と解せられるのであるから、右のように解しても、この関係における債権者(被害者)の救済において、判例通説に比べ劣るところはない。判例、通説は共同不法行為概念につき無用の拡張をしているのであつて再検討されなければならない。

(三) 第二の疑問点は、共同不法行為責任を不真正連帯債務と解する点に関する。

そもそも(真正)連帯債務と不真正連帯債務とを区別する標準は、前者には債務者の間に共同目的による主観的な関連があるのに反し、後者にはかような関連を欠く点に求めるのが適当である(前掲我妻四四四頁)。

そうであるとすれば、狭義の共同不法行為が(真正)連帯債務に当たることは疑問の余地がない。従つて、このような共同不法行為責任について民法の連帯債務に関する規定(四三二条ないし四四四条)の適用のあることもまた明らかである。

もつとも、右の規定のうち、請求(四三四条)は時効中断の効力によつて債権を強めることになるが、他の更改(四三五条)相殺(四三六条)、免除(四三七条)、時効(四三九条)の五か条は、いずれも債務の消滅に関するものであつて、これらが絶対的効力を生じることは、債権の効力を弱めることになる。

この点は確かに問題である。この問題は、共同不法行為責任に限らず、すべての連帯債務に共通の問題であるから、別途すべての連帯債務について検討を要すところである。それはそれとして、右四三四条によれば、請求について絶対的効力が認められるのであるから、債務者の一人に対する請求により他の債務者に対しても時刻中断の効力を生じ、時効の絶対的効力の規定(四三九条)は、これとの関連において相対的にその重要性を減弱するであろうし、その他の絶対的効力にしても、他方において生ずる請求の絶対的効力との比較において果して被害者(債権者)の救済にマイナスとなるものか否かはにわかに速断し難い。その他これらの点に関し、被害者の救済が必要である場合があるとしても、それが他の法理によつてなさるなら格別、狭義の共同不法行為責任が不真正連帯債務であるとの理由によりこれらの不都合を回避しようとするのは合理的理由を欠く便宜主義との謗りを免れないであろう。

三、上告人のこの点に関する主張は、被上告人の狭義の共同不法行為責任を追求するものである。この点は、第一審以来の上告人の主張を原判決の事実摘示によつて理解されたい。

以上の理由により、上告人の主張する共同不法行為責任が不真正連帯債務でないことは明らかであり、上告人の請求による時効中断の主張は正当である。

それゆえ、原判決には法令の解釈を誤つた違法があるといわなければならない。

四、原判決は破毀のうえ原裁判所に差戻さるべきである。

原判決は、上告人の共同不法行為に基く請求について、前記のとおり、法律解釈のみによつてその請求を斥けた。

それゆえ、原判決は上告人の右の主張事実につき、何らの事実認定も示していない(第一審判決の事実認定の引用もない)。この点について原審の判断が未だなされていないことは明らかである。

よつて、さらに審理を尽させるために、原判決を破毀のうえ本件を原裁判所に差戻さるべきである。

上告代理人小幡良三の上告理由

第一点、第二点〈省略〉

第三点 原判決は、「委任契約の解除は遡及効がなく将来に向つて委任関係を終了させるに過ぎないから……」として、民法第六五二条・六二〇条を援用し、上告人の本件株券返還等の請求を斥けているが、本件の実情や後述の学説等に照らし、右条文の法意を汲まず、之を皮相的に杓子定規に適用したに過ぎず、民事訴訟法第三九四条後段の事由が存在するというべきである。

即ち、

1 一般の契約解除と異つて委任契約の解除の効果が不遡及である旨定める所以は、委任契約の本質に基づくものではなく、委任契約が通常継続的契約であるという一般的性質によるものであり、学説も「委任契約にも一般原則を適用するときは、往々にして複雑な計算関係を生ずるのみならず、時には原状回復が不可能とみられる場合もありうるので、賃貸借や雇傭などと同様に、将来に向つてのみ契約を消滅せしめることとしたと考えられる。(梅七五三参照)」としているのである。

従つて、右不遡及の規定を凡ゆる委任契約の場合に適用するときは、却つて合理性・妥当性を欠くというべきであり、右学説も、「売買の委任とか、また不動産仲介契約のごときは、むしろ一時的債権関係とみるべき場合が多い。かような一時的契約関係は、遡及効を有する解除によらしめるのが妥当である。」としているのである。(注釈民法(13)債権7二一六頁明石三郎)

2 又、右学説(同右二一七頁の記載)によれば、石坂博士は「債務不履行を原因とする解除の場合は、継続的契約でも過去にすでに一部履行されているときは不遡及であるが、まつたく履行されない場合は遡及効をもつ」といわれる。(石坂「批判」京都法学一〇巻四号一二四頁以下)

また、明石三郎教授も「本条が解除は遡及効を有しない旨規定するのは用語の矛盾だといわれる。私もかねて不遡及効には疑問をもつている。……私は石坂説とも異なり一部履行があつた場合でも債務不履行による解除は遡及効を生ずる。ただし、遡及するのは不履行の部分まで、と解する。」と説かれているのである。

右で明白な如く、学説は一時的契約関係とか、債務不履行による解除は、何れも遡及効を認めるべきだとしているが、事理に叶つた論理というべきである。

3 更に、明石教授は、右の図書二一七頁に於て、「契約が無効または取消によつて消滅した場合は、遡及的に消滅の効果を生ずるのはいうまでもない。したがつて、委任の意志表示が受任者の詐欺によるときは、委任事務完了後であつても委任を取り消し、遡及的に委任関係を消滅せしめらる。(大判大七・五・一六民録二四・九六七)」と説かれている。

4 而して、本件株式買付委任契約は、昭和三一年二月二八日午後、上告人が偶然深沢宅に立寄つた際、上告人の強気の株価見通しに刺戟された深沢から、二五〇万円相当の有望株式の買付を委任され、深沢が証券会社と直接受渡することを条件に好意的に引き受けたものであるから、一時的な契約関係であること明白である。

また、深沢は小倉と共謀の上、約定に違反して買付代金未払いであるから債務の一部履行もされず、而も上告人には小倉に支払つた如く装つて欺瞞し、まんまと成功したのであるから、詐欺類似行為だつたのである。

況してや、深沢は上告人の追及(請求)に対し、長年月に亘り、代金を支払つたと事実無根の強弁を弄して債務履行の意志を全く持たなかつたものである。

従つて、右の何れの点よりするも、本件委任契約の解除には遡及効を認めるのが実情に適合し且つ合理的というべきである。

然るに、原判決は、上告人の真実に則した主張(特に第一点1の①②の項)を信用せず、また前記学説等を斟酌せず、単に、委任契約の解除は遡及効を持たないとして上告人の請求を棄却したが、前記民法の条文の適用が形式的・皮相的に過ぎ、返つて、深沢の背信の固まりの如き債務不履行を是認するという矛盾した結果を招来し、右法条の法意に違背したこと明白というべきである。

注、尚、深沢が現在本件株券を所持していないとしても、株券に付ては代償請求が認められており、また原審での本件株券の代償請求額は証券専門の弁護士の助言を受け、口頭弁論終結時の時価としたため、八四一万余円と拡張致しましたが、その後、不法行為時(契約時)の時価が相当と気付き、且つ民法第六二〇条の法意を汲んで果実の請求を抛棄し、代償請求額を旧に復し、二、五〇〇、六四二円に訂正致しましたので、本件委任契約解除に伴う計算上の複雑さや矛盾は一切存在しないと思料致します。

第四点 原判決は「本件において共同不法行為者たる小倉ないし三興証券と深沢の各債務が不真正連帯債務でないとの上告人の主張は独自の見解であつて採用しない旨付加するほか、原判決(注、第一審判決)一五枚目裏五行目から一六枚目表三行目まで(理由一4)の説示のとおりであるからこれを引用する。」判示している。

然し乍ら、本件共同不法行為は、後述の如く、連帯債務と解するのが妥当というべき内容のものであり、また一般に共同不法行為に付ては、判例・学説士も、これを連帯債務と解するか或は不真正連帯債務と解するか見解の別れる処とされている。

然るに、原判決は右の如く判示し、本件共同不法行為を連帯債務と解してこそ救いのある上告人の主張を排斥し、被害者たる上告人を敗訴させた点に於て、返つて、共同不法行為から被害者を保護すべく制定された民法第七一九条の法意に反するのみならず、同じ趣旨の不真正連帯債務を主張する学説(後述ご参照)の意図する処にも反すること明らかであるから、法令の解釈・適用に違背があつたこと明白というべきであり、民事訴訟法第三九四条後段の上告理由に該当する。

又、原判決は、「共同不法行為者の負う債務は、いわゆる不真正連帯債務である……」と判示したのみの第一審判決を引用しただけで、その理由等につき何の説示もしなかつたこと、更には、本件共同不法行為に行為者としては全く何の関係もなく、証券事故の慣例に従つて、小倉に対する使用者責任を追及したに過ぎない三興証券を、恰も、本件共同不法行為に、直接行為者として参加したが如く、「本件において共同不法行為者たる小倉ないし三興証券と深沢の……」と判示するが、釈明権の行き過ぎというべきであり、共に民事訴訟法第三九五条一項六号前段の理由不備若しくは後段の理由齟齬に該当するというべきである。

1 本件共同不法行為は深沢と小倉が受渡という二人だけの典型的な共同行為上の狭義の共同不法行為であるが、両者間に共謀関係即ち主観的共同関連のあつた事情に付ては、前記第一点5の項にて詳述した通りである。

従つて、本件共同不法行為につき、両者の負う債務はこれを連帯債務と解するのが妥当であり、(債権総則、九〇、九三頁我妻栄、有泉亨)それなるが故に、共謀者小倉に対する請求は、民法第四三四条の規定により、深沢に対しても請求の効力が生ずると判断し、既に提訴していた小倉に対する請求原因を「深沢と共謀の上、……上告人に損害を与えた」と変更することによつて対処し、深沢に対する新規の訴えを見合わせたものである。深沢に対しては、同人の頑強な抵抗にあい乍らも、本件代金の支払いの如何等に関し、前記の如く、二年間に亘り、徹底的に追及したのみならず、その後も主張の虚偽を立証するため徹底的に調査するなど、決して権利の上に眠つていた訳ではなく、また、仮に上告人が別訴にて勝訴していれば、三興証券は深沢に対し、当然、賠償を請求した筈である。

2 而して、民法第七一九条は、共同不法行為につき、各行為者の負う責任は、「各自連帯にて」と明定しているものであり、また判例もこれを連帯債務と解し、(大判大3.10.29民録20・八三四)以前は単純に連帯債務と解されていたものである。然し、これに対しては、実質上不真正連帯債務ではないかという疑問が提出され、(判民昭和一二年八九事件、川島・我妻一九二頁)(法律学全集、22―Ⅱ加藤一郎)または学説上も争いが多いとされている。(注釈民法三二八頁徳本鎮)

3 而して、共同不法行為による各行為者の債務につき、これを不真正連帯債務を主張する学説が理由とする処は、被害者側の救済に重きをおき、その成立を広範囲に認めるために、加害者側の主観的共同関係を要せず、客観的共同関係があればよいとする処にある。

加藤一郎教授も、前記著書の中で、「わが国の連帯債務は、債務者の一人について生じたる事由が、他の者について絶対的効力を生ずる場合が多く、そのうち、請求だけでは時効中断の効力によつて債権を強めることになるが、他の更改・相殺・免除・混同・時効の五つは、いずれも債務の消滅に関するものであつて、それが絶対的効力を生じることは、債権の効力を弱めることになる。

そこで、第一に、このように広い絶対的効力を認めるのは、連帯債務者間に緊密な人的関係があることを予定し、相互の求償関係を容易に片づけることを目的としているのであるが、必ずしも密接な主観的共同関係があるとは限らない共同不法行為者について、ただちにこれを適用することは問題である。また、第二に、連帯によつて被害者の救済を厚くしようとするならば、連帯債務より不真正連帯とした方が、被害者には有利となる。そして、監督義務者と代理監督者、使用者と代理監督者と被用者、動物の所有者と占有者・保管者の責任が、いずれも不真正連帯債務と解せられているのに、ある意味ではそれより強く被害者を保護すべき共同不法行為の場合に、それよりもかえつて弱い連帯債務になるというのでは、不合理に感じられる。」と説かれている。(法律学全集22―Ⅱ二〇六頁加藤一郎)

右の如く、不真正連帯債務を主張する学説の意図する処が、共同不法行為の成立を広範囲に認め、且つ債権の効力をより強めて、被害者を救済せんとする処にあること明白と思料されるのである。

4 而して、既述の如く、本件の深沢・小倉両者による受渡上の不法行為はこれを不真正連帯債務と解さなくとも、真正の連帯債務として共同不法行為が成立するものであり、逆に、これを不真正連帯債務と解するときは、本件共同不法行為の実体から遊離するばかりでなく、これを連帯債務と判断し、小倉に対する提訴並にその請求原因を深沢との共謀と改めることによつて、深沢に対しても十分請求の効力が生じると確信してきた被害者の上告人を窮地に陥し入れ、逆に本件に関し、背信と虚構の固まりの如き言動に終始してきた加害者の深沢の責務を民事的にも一切免除することになり、民法の基本理念である正義並に信義則と背反する結果を招来することゝなるから、これを不真正連帯債務と解する合理的根拠は全くないというべきである。

以上を勘案すれば、本件共同不法行為を不真正連帯と判示した原判決は、法令の解釈・適用に違背のあること明白と思料するものである。〈以下、省略〉

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